●監督の言葉

わたしたちは今どこにいるのか、歴史認識としてのFILM(映画)

冷戦の二極対立時代は、国際政治のうえでも国内においてもいわば、わかり易い政治の時代だったといえます。半世紀続いた冷戦のたがが緩んだとき、民族主義や国家主義が台頭したのは世界的流れです。そこにさらに宗教というやっかいな問題が絡み世界は混沌とした様相を示しています。その流れを抑制する思想を含みながら欧州は政治統合をめざしています。これは冷戦戦後処理のひとつの方法といえます。もう一方の極、旧ソ連、中国、東欧も苦悩しつつ冷戦戦後処理の渦中にいます。冷戦ひとり勝ちのアメリカは、力の論理と経済が破綻し、外交力による安全保障へ転換しようとしています。このときアメリカの庇護のもと、復興と驚異的経済成長を達成した日本は、どこへ向かおうとしているのか。これがヨーロッパから日本への視角です。

 

敗戦に終わり冷戦で始まった「戦後」の分水界に「天皇」と「広島」がある

この仕事を準備する過程で小熊英二著「<民主>と<愛国>」を手にしたとき表紙の写真に打たれなんとしても使いたいと思いました。1947 年12 月7 日天皇が広島に巡幸しドームと市民の前に立つ瞬間です。写真の所在はわかりましたが、映像もあるはずです。ワシントンを中心に手を尽くしましたが、結局アメリカではなくロンドンで見つかりました。

原爆ドームと2 万人の市民を前に手を振る天皇。この構図の意味をつき詰めていく過程がこのドキュメントを構成する過程でもありました。

天皇を抜きに戦後政治は語れません。動機こそ違え日米の政治的エネルギーが「天皇免責」のために大いに費やされました。冷戦が天皇を救った、と言えばこれはアメリカ側の動機です。国体護持は当然日本側のものですが、そのためになにがどう動いたのか、これを見つめるのが歴史認識の根本です。国体護持(一条)のためには「九条」も止むなしとした日本側の論理をアメリカ側の視点から描きました。その結果、視点を日本側に移せば意味が逆転する「意味の二重性」を歴史に織り込みたいと考えました。

 

昭和天皇とマッカーサーが敷いた講和・安保路線と戦後ナショナリズムの矛盾

1945 年9 月27 日の天皇・マッカーサー会見にあらためて光を与えます。通算11 回におよぶ二人のトップ会談は、新憲法下であってもマッカーサーがいる限りにおいて天皇が政治的影響力を行使した軌跡を示しています。朝鮮戦争の最中、皇軍なき天皇の悲願は制度的保障でした。沖縄を売り渡しても、準占領状態がつづこうとも、皇祖皇宗を共産主義の脅威から守護する保障が講和条約と日米安保でした。今日の日本を規定するこの2 つの条約こそ戦後の新・国体と呼ぶべきではないでしょうか。しかるに、一部ナショナリストは「東京裁判」、「九条」が国体護持の重要なファクトだったことには目をつぶり、一気に「侵略戦争」を否定してしまうという無知と矛盾を堂々とさらします。彼らえせナショナリストこそ「三島事件」と「昭和天皇の戦後」を相対化すべきです。

 

没後20 年-昭和天皇を歴史の遠近法に置く

 

三島由紀夫の昭和天皇に対する「恨み」をナショナリズムへの試金石とするなら、昭和天皇の戦争感を歴史の文脈に収めることが「戦後」に終止符打つため必要ではないか、そのように考えてラストシーンを創りました。わたしにとっては、昭和天皇の死こそ「戦後」の終わりであり「冷戦の終わり」です。冷戦の、どちらかといえば恩恵を受けた日本は、冷戦終結の意味、湾岸戦争後の世界の相対化に鈍感であるように見えます。昭和天皇の死から20 年、冷戦終結から20 年。この機に、異なる3種の戦争と戦争の世紀を生き抜いた特異な「昭和天皇」が、多方面から語られることを期待しつつ。

 

EMBRACING JAPAN

MIT(マサチューセッツ工科大学)教授ジョン・ダワーのEMBRACING DEFEAT(敗北を抱きしめて)をなぞってEMBRACING JAPAN という心意気です。左右の政治的立場にこだわることなく、その言質に判断を下すのではなく、影響力の観点から、言説と言説をぶつけることで論点を際立たせる方法をとりました。発言者がそれぞれの立場で活性していることが客観性につながり、ひいては「開かれたFILM」になって欲しいと意図しています。

 

 

渡辺謙一(わたなべ・けんいち)監督プロフィール

1975年、岩波映画入社。1997年、パリに移住、フランスや欧州のテレビ向けドキュメンタリーを制作。『桜前線』で2006年グルノーブル国際環境映画祭芸術作品賞受賞。近年は『ヒロシマの黒い太陽』(2011)、『フクシマ後の世界』(2012)など、欧州において遠い存在であるヒロシマやフクシマの共通理解を深める作品制作に取り組んでいる。

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☆9条はなぜ必要だったのか? なぜ天皇制は存続したのか? 昭和天皇と自衛隊を正面から見据えたフランス制作ドキュメンタリー